児童デイサービス事業の最近の流れを書いてみましょう。
1998年8月11日に「障害児通園(デイサービス)事業について」(障476厚生大臣官房障害保健福祉部長通知)が出されました。
この中で 「今般、学齢児が学校終了後に本事業を利用する道を開くため、対象児童の学齢要件を緩和することとし、併せて事業の名称を標記のとおり変更し・・・」となり、心身障害児通園事業の名称が児童デイに統合されてしまいます。
これで、親子通園とレスパイトの二種の事業が児童デイサービスという同じ名称に統合され、特に県内では混同されているようです。
同通知において、児童デイの目的は「市町村が通園の場を設けて障害児に対して通園の方法により指導を行ない、地域社会が一体となってその育成を助長することを目的とする」とされました。
これは、児童デイが福祉的な要素を明確に有し、公的な役割を果たすものとしての根拠付けといえます(最近は、規制緩和の下で第二種福祉法人も参入できるようになっていますが)。
また、利用人員については「概ね5名以上とする」(同通知第四利用人員)とされて、これが小規模の事業所の根拠になっています。
この小規模を認める流れは、実は1995年の「障害者プラン」で、本事業を2002年までに1300箇所(重心通園300箇所を含む)に増やすことを目標としたことを受けての措置なのです。
ご存じの通り、この1995年の障害者プランは、バブル崩壊の影響を受けて、絵に描いた餅になってしまいました。実際の地域療育整備は地域差がすごく出てしまったわけです。
小規模への流れで保育園などの空き教室の利用も認められました(県内では南風原町のゆうな園などが保育所内に設置されましたね)。小規模であり質の低下が心配された通園もありました。
この児童デイ利用にあたっては、診断も手帳も不要だったことがとても大切です。利用者負担もありませんでした。
ところが、爆発的な福祉ニーズの増加による経済的事情から、2003年に支援費制度が出てきます。「受給申請→受給者証→契約」で日払い制になったのです。
子どもの通所のみが実績として扱われ、利用者負担にも応能負担が出るという、弱い立場の人にも負担を強いるという「聖域なき構造改革」のおかげで、通園も親御さんにとっても負担が増える流れとなったのですね。
そして、その後の自立支援法により低率負担になってしまい、サービスを多く利用しなければならない人がそれだけ負担するという矛盾した状況になっています。
厚労省からは、小児期は障害受容の問題があり、適切な配慮と診断・手帳が不必要であることが通知されています。
ところが、どうやら、この通知が県内市町村にはかなり不徹底みたいです。有料の診断書を要求されることが多く、私たちは閉口しています。ちなみに、児相ないし保健所の意見書は望ましいとなっています。児相・保健所の発達支援への関与を強く求めます!
地域療育システムの構築の重要なパートであり、早期発達支援や障害受容に向けての重要な親支援・家族支援を行う児童デイサービス事業、是非よく知ってください。



児童デイサービスとは、 障害のある子どもが通い、発達支援や遊び・運動などを通した様々なプログラムを受けることによって、健やかな発達を保障する事業です。
障害者自立支援法には少し固い定義があります。「障害児につき、児童福祉法第四十三条の三に規定する肢体不自由児施設その他の厚生労働省令で定める施設に通わせ、日常生活における基本的な動作の指導、集団生活への適応訓練その他の厚生労働省令で定める便宜を供与することをいう」。
児童デイケアは単なる預かりではないのですね。「放課後対策」「レスパイト」との違いがおわかりになるでしょうか。
児童デイサービスの対象児は、「障害のある幼児」及び「市町村が適当と認める学齢児(小学校又は盲学校、聾学校若しくは養護学校の小学部に就学している児童)」に限られています。
つまり、中高生については「タイムケア事業」(05年度から実施されている放課後対策)はありますが、以前は基本的には対象外でした(昨年10月からは18歳まで対象範囲が拡大した)。
児童デイサービスは、療育を目的としたサービスであるはずですが、実態は療育サービスと放課後対策的なサービスが混在している状況なのです。
出発点を見れば、児童デイサービスは、児発第545号児童家庭局長通知(1972年8月23日)にもとづく「心身障害児通園事業」がその前身です。
約20名の子どもに対しての専任職員と嘱託医の配置で、年額1000万円ほどの補助金を国が1/2を県と市町村が1/4ずつ負担することで、地域療育を進めていこうという方向の80年代でした(私もこの形の療育教室が基本だと常々思っています)。
70年代後半には障害の早期発見・早期療育は一般化したため(残念ながら県は時代から置いていかれていますが)、1歳6ヶ月健診もその頃に法制化されました。
親子通園は、地域の早期療育体系の中での、発見後の受け皿の役割を果たしたのですね。
そして、1998年8月11日に「障害児通園(デイサービス)事業について」(障476厚生大臣官房障害保健福祉部長通知)が出され、学齢児に対象要件が緩和されたため、上記のような混在が始まってしまったのですね。
私がいつも地域療育の要であると主張する親子教室は、この心身障害児通園事業を基本的な形としているのですね。対象は20人までの教室、経費は年間1000万円・・・
しかし、県内の親子通園事業は年間100万円の超小規模の独自型が結構あり、上記の前提が全く考慮されていないのですね。
子どもの価値が10分の1ということは、まさかないでしょ・・・このような不謹慎なことを考えてしまうくらい、発達支援の専門家としては悩みますね。
障害者自立支援法には少し固い定義があります。「障害児につき、児童福祉法第四十三条の三に規定する肢体不自由児施設その他の厚生労働省令で定める施設に通わせ、日常生活における基本的な動作の指導、集団生活への適応訓練その他の厚生労働省令で定める便宜を供与することをいう」。
児童デイケアは単なる預かりではないのですね。「放課後対策」「レスパイト」との違いがおわかりになるでしょうか。
児童デイサービスの対象児は、「障害のある幼児」及び「市町村が適当と認める学齢児(小学校又は盲学校、聾学校若しくは養護学校の小学部に就学している児童)」に限られています。
つまり、中高生については「タイムケア事業」(05年度から実施されている放課後対策)はありますが、以前は基本的には対象外でした(昨年10月からは18歳まで対象範囲が拡大した)。
児童デイサービスは、療育を目的としたサービスであるはずですが、実態は療育サービスと放課後対策的なサービスが混在している状況なのです。
出発点を見れば、児童デイサービスは、児発第545号児童家庭局長通知(1972年8月23日)にもとづく「心身障害児通園事業」がその前身です。
約20名の子どもに対しての専任職員と嘱託医の配置で、年額1000万円ほどの補助金を国が1/2を県と市町村が1/4ずつ負担することで、地域療育を進めていこうという方向の80年代でした(私もこの形の療育教室が基本だと常々思っています)。
70年代後半には障害の早期発見・早期療育は一般化したため(残念ながら県は時代から置いていかれていますが)、1歳6ヶ月健診もその頃に法制化されました。
親子通園は、地域の早期療育体系の中での、発見後の受け皿の役割を果たしたのですね。
そして、1998年8月11日に「障害児通園(デイサービス)事業について」(障476厚生大臣官房障害保健福祉部長通知)が出され、学齢児に対象要件が緩和されたため、上記のような混在が始まってしまったのですね。
私がいつも地域療育の要であると主張する親子教室は、この心身障害児通園事業を基本的な形としているのですね。対象は20人までの教室、経費は年間1000万円・・・
しかし、県内の親子通園事業は年間100万円の超小規模の独自型が結構あり、上記の前提が全く考慮されていないのですね。
子どもの価値が10分の1ということは、まさかないでしょ・・・このような不謹慎なことを考えてしまうくらい、発達支援の専門家としては悩みますね。


