発達支援研究会(仮) in 沖縄

沖縄の発達支援に関心のある方々のための情報発信スペース。 HPも立ち上がりました。https://sites.google.com/site/hattatsuken/

児童デイサービスの県内事情(1)
2008年05月04日 (日) | Edit |
 児童デイサービスとは、 障害のある子どもが通い、発達支援や遊び・運動などを通した様々なプログラムを受けることによって、健やかな発達を保障する事業です。

 障害者自立支援法には少し固い定義があります。「障害児につき、児童福祉法第四十三条の三に規定する肢体不自由児施設その他の厚生労働省令で定める施設に通わせ、日常生活における基本的な動作の指導、集団生活への適応訓練その他の厚生労働省令で定める便宜を供与することをいう」。

 児童デイケアは単なる預かりではないのですね。「放課後対策」「レスパイト」との違いがおわかりになるでしょうか。

 児童デイサービスの対象児は、「障害のある幼児」及び「市町村が適当と認める学齢児(小学校又は盲学校、聾学校若しくは養護学校の小学部に就学している児童)」に限られています。

 つまり、中高生については「タイムケア事業」(05年度から実施されている放課後対策)はありますが、以前は基本的には対象外でした(昨年10月からは18歳まで対象範囲が拡大した)。

 児童デイサービスは、療育を目的としたサービスであるはずですが、実態は療育サービスと放課後対策的なサービスが混在している状況なのです。

 出発点を見れば、児童デイサービスは、児発第545号児童家庭局長通知(1972年8月23日)にもとづく「心身障害児通園事業」がその前身です。

 約20名の子どもに対しての専任職員と嘱託医の配置で、年額1000万円ほどの補助金を国が1/2を県と市町村が1/4ずつ負担することで、地域療育を進めていこうという方向の80年代でした(私もこの形の療育教室が基本だと常々思っています)。

 70年代後半には障害の早期発見・早期療育は一般化したため(残念ながら県は時代から置いていかれていますが)、1歳6ヶ月健診もその頃に法制化されました。

 親子通園は、地域の早期療育体系の中での、発見後の受け皿の役割を果たしたのですね。

 そして、1998年8月11日に「障害児通園(デイサービス)事業について」(障476厚生大臣官房障害保健福祉部長通知)が出され、学齢児に対象要件が緩和されたため、上記のような混在が始まってしまったのですね。

 私がいつも地域療育の要であると主張する親子教室は、この心身障害児通園事業を基本的な形としているのですね。対象は20人までの教室、経費は年間1000万円・・・

 しかし、県内の親子通園事業は年間100万円の超小規模の独自型が結構あり、上記の前提が全く考慮されていないのですね。

 子どもの価値が10分の1ということは、まさかないでしょ・・・このような不謹慎なことを考えてしまうくらい、発達支援の専門家としては悩みますね。

 



発達支援の歴史を探る(2)
2008年04月29日 (火) | Edit |
 「乳幼児健全発達支援相談事業」とは何だったのか、健診後事後教室と深い関係があるいう話を前回にしました。

 平成5年厚生省心身障害研究の報告で、この乳幼児健全発達支援相談事業に関する調査報告書が出ています。

 この調査研究の責任者は東京大学の日暮眞先生で、離島の専門健診などで沖縄とも縁が深い先生です。

 報告書において、本事業の目的は、児童の心身の健全な育成発達の助長や保護者の育児不安の解消を図ることにあり、本事業が21 世紀のわが国の母子保健・小児保健に極めて重要な施策に発展すると予測しています。

 しかし、本事業の発布から2年の経過で、まだ周知が十分でなく、多くの市町村や特別区において本事業の存在すら把握されていないとされています。

 その理由としては、本事業の主旨・目的が担当上級者に理解されておらず、どこの部署・課にも通知が出されなかったり、通知が出されても見当はずれの部署・課に回っていたりということがあげられています。


 さらにかなりの市町村・特別区等において、すでに本事業と極めて類似の事業が実施されており、改めて参画する必要性がなかったことなど、があげられています。

 次回は沖縄県における報告書を取り上げてみます。
 

  

発達支援の歴史を探る(1)
2008年04月28日 (月) | Edit |
 不定期シリーズものとして、「発達支援の歴史を探る」と題して書いてみることにします。

 現在、市町村での健診事後教室の立ち上げ支援を行っているのですが、教室の運営や地域にフィットした形を模索・研究している最中です。

 なぜ沖縄県では親子教室・療育教室が育たなかったのか。

 他府県では当たり前のようにある発達支援教室が途中点在したものの、結局廃れてしまった理由が歴史を探ってわかれば、発達支援の方向性が見える気がするのです。

 そこで、第1回目は「乳幼児健全発達支援相談事業」です。

 県から市町村に1歳6ヶ月健診の実施主体が代わり、早期発達支援の場は市町村に移っていったのですが、それに先立ち「乳幼児健全発達支援相談事業」は、平成3年7月に厚生省が開始しています。
 
 その目的は児童の心身の健康増進と保護者の育児不安解消であり、たいへん先見の明がある内容になっています。

 しかしながら、同時期に開始された「心身障害児早期発見・早期療育ネットワークシステム事業」に包括されるべきこの事業は、その本体の事業と共に十分周知されたわけではなかったようです。

 本支援相談事業の中身は、ずばり現在の健診事後教室の立ち上げ、つまり、各市町村の1歳6ヶ月、3歳健診後の要観察児に対する「親子遊びの教室」をつくるというものでした。

 興味深いことに、この事業の有用性に関するアンケートについては、当時の保健師はほぼ100%が必要と答えています。

 保護者への満足調査も98.5%という高率で「参加してよかった」との回答でした。

 そして、沖縄県でもこの事業を元にした「親子教室」が存在していたのですね(続く)。 

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